COLUMN
2026.06.09
vol.650「後のせの魔法」
伊藤 貴生(企画開発部CS課)

さて、アイスコーヒーが美味しい季節になってきました。
そんなアイスコーヒーを毎日のように作りながら、私はひとつ、少し気にしていることがあります。
ミルクを入れるタイミング問題です。
私の場合、マグカップにインスタントコーヒーを入れ、少量の熱湯で溶かし、水を加え、氷を入れる。そして最後にミルクを注ぐ、という流れになります。
もちろん、氷を入れる前にミルクを入れてしまってもいい。どうせ味はほとんど変わらないはずです。
それでも、なぜだかそれをしたくない。
氷を入れてキンと冷えた黒いコーヒーが完成してから、最後に白いミルクを落としたいのです。
すると、黒の中に白がゆっくり溶けていく。あのマーブル模様が生まれる。その瞬間、「ああ、美味しそうだ」と思う。
冷静に考えれば、ただの演出です。どうせ最後には混ざるのだから、味覚的な差はほぼないでしょう。
それなのに、氷のあとにミルクを注いだほうが、なぜか“ちゃんと美味しい気”がする。
そういえば、コーヒーのCMでも、必ずと言っていいほど白いミルクが黒いコーヒーに溶けていく映像が流れます。
考えてみれば不思議です。コーヒーのCMなのに、完成したコーヒーだけを映せば済むはず。それでも、あえて「混ざる途中」を見せる。
もしかすると、あのマーブル模様は味そのものではなく、「これから美味しくなる」という予告なのかもしれません。
この現象、他にもあります。
たとえばチーズ。ハンバーグに乗せるなら、最初から焼いてしまったほうが効率はいい。でも最近は、後からチーズを乗せ、目の前で炙る演出が好まれます。チーズがとろけ、表面に焦げ目がつき、湯気が立つ。
その瞬間、「うまそう」が完成する。思わずスマホを向けたくなるくらいに。
味だけを考えれば、劇的な差ではないかもしれません。それでも、“後のせ炙りチーズ”のほうが圧倒的に魅力的に感じる。
つまり私たちは、料理そのものだけでなく、「完成していく過程」まで食べているのではないでしょうか。
考えてみれば、世の中にはこういう仕掛けがたくさんあります。
ステーキにソースを目の前でかける。オムライスのオムレットをナイフで切り開く。最近では、客前で豪快なフランベを見せる店が話題になることもあります。
本来なら厨房で済ませてもいい工程を、あえて目の前でやる。効率は悪い。でも、価値は上がる。
これを「モノ消費からコト消費へ」と説明することもできるでしょう。
私たちは、コーヒーやハンバーグという“モノ”だけを買っているのではない。「完成する瞬間」という“体験”にも、お金を払っているのです。
そして厄介なのは、その体験が味覚にまで影響を与えることです。
本当は同じかもしれないのに、「最後に仕上げたもの」のほうが美味しく感じる。人間の舌は案外正直ではなく、かなり目に騙されているのかもしれません。
だから私は今日も、アイスコーヒーにミルクを入れるタイミングを、少しだけ気にしてしまうのでした。