COLUMN
2026.01.13
vol.630「大喜利」
伊藤 貴生(企画開発部CS課)
私は「大喜利」を見るのが大好きです。
この年末年始も、例年通り多くのお笑い番組を見て過ごしました。なかでも、この時期ならではの大喜利番組『フットンダ』などを眺めていると、改めて「大喜利」という日本独特の笑いの存在感に気づかされます。
お題に対して複数の回答者が即興で言葉をひねり、面白さを競い合うこの形式は、漫才やコントとも異なる、日本固有の知的娯楽と言ってよいでしょう。
「大喜利」の由来は江戸時代に遡ります。歌舞伎では芝居の最後の幕を「大切(おおぎり)」と呼び、これが寄席に伝わり、トリを務める芸人の後に出演者全員で披露する演目となりました。その後、「お客様に喜びと利益をもたらす」という意味を込めて「大喜利」という当て字が使われるようになったとも言われています。そしてテレビ番組『笑点』の「大喜利」によって、広く一般に定着したのは、よく知られているところです。
日本はしばしば「察する文化」「同調の文化」と言われますが、大喜利はまさにその延長線上にある遊びではないでしょうか。単に面白い回答を出すだけでなく、「前の回答者が何を出したか」を踏まえたうえで次を出すことが求められます。集団の中で自分の立ち位置を瞬時に把握し、流れを読みながら言葉を選ぶ能力が問われているのです。
日本には大喜利を得意とする芸人が数多く存在します。最近では大喜利に強いアイドルも登場しており、この能力は必ずしも芸人に限ったものではなくなってきました。彼らに共通しているのは、単なる発想力ではなく、場の温度、期待値、文脈を読む力の高さです。
そして忘れてはならないのが、視聴者側の存在です。日本人は長年にわたり、お笑い番組を日常的に見続けてきました。高度成長期以降、家庭の居間にはテレビがあり、漫才ブーム、バラエティ全盛期、深夜番組文化などを通じて、視聴者は自然と「この返しは弱い」「今のは一段うまい」と評価する感覚を身につけてきたのだと思います。『笑点』がこれほど長寿番組として愛されているのも、日本人の大喜利理解度の高さを示しているのではないでしょうか。
場の文脈を踏まえつつ、いかに笑いを取るか。
そんな大喜利でのやり取りを、私たちは特別な意識もなく思わず笑ったり、「今のはうまいな」と感じたりする。その何気ない時間の中に、日本人が長い時間をかけて育ててきた言葉遊びの感覚や、空気を読み合う文化が自然と息づいているのかもしれない…。
そんな大そう大袈裟なことを新年から考えてしまいました。